感性は論理と矛盾するのか?

コラム・オピニオン

感性は論理と矛盾するのかな?

この疑問について、私なりに調べて考察しました。

結論は

感性は論理と矛盾するし、矛盾しない

となりました。

ん?この文章こそが矛盾していない?

と思ったかもしれません。

でも、違う言葉で表現すればどうでしょう。

①感性は論理と対立関係の意味で使われる
②感性は論理を含んだ上位概念として使われる

このように、2つの捉え方ができると考えれば、「感性は論理と矛盾するし、矛盾しない」という意味が通じると思います。

【感性は論理と矛盾するし、矛盾しない】

①感性は論理と対立関係の意味で使われるとき⇒矛盾する


②感性は論理を含んだ上位概念として使われるとき⇒矛盾しない

この記事では、これらを一つ一つ説明していきます。

感性を「感じる」の意味だけで捉えれば矛盾する

まず、一般的な意味合いで考えましょう。

多くの人は、感性を「感じる」いう意味で捉えているでしょう。

というのも、感性の意味を辞書で調べると、最初に「感受性」と書いてあるからです。

かん‐せい【感性】
1 物事を心に深く感じ取る働き。感受性。「感性が鋭い」「豊かな感性」

2 外界からの刺激を受け止める感覚的能力。カント哲学では、理性・悟性から区別され、外界から触発されるものを受け止めて悟性に認識の材料を与える能力。

出典:デジタル大辞泉(小学館)

ここで感性と論理を次のようにイメージしてみましょう。

感性=感じることや、情緒全般
論理=考えることや、知識全般

こう考えると

感性 ⇔ 論理

という関係となり矛盾しますね。

つまり、感性と論理は対立し、相反するという考え方です。

「これからは感性の時代だ!」
「感性と論理の融合が大事だ!」

このような言葉は、「感性は論理と対立する」意味で使っているはずです。

例えば次の記事では、感性は論理と対立する意味で使われています。

中島 さちこ 東洋経済オンライン「時代を生き抜くカギは「感性と論理」の融合だ」東洋経済新報社

「感性」を論理と情動を含んだ上位概念として捉えれば矛盾しない

次に、感性と論理は矛盾しないという考え方を紹介します。具体的には、感性は論理を含む上位概念として捉える考え方です。

「感性」には「感じる」という意味以外にも、「感じたことから判断する、評価する」という意味で使われることがあります。

判断・評価する対象として、非論理的なものだけではなく、論理や知識も含んでいるという考え方です。論理・非論理の両方を判断する意味で、「感性は論理を含んだ上位概念」として捉えます。

例えば似たようなことを示している人を3人挙げます。

認知科学者・苫米地英人氏「感性は論理と情動を包摂する概念」

認知科学者の苫米地英人氏は、著書で「感性とは論理と矛盾しない」と指摘しています。

「論理」と対比された概念に「情動」があります。「情動」と「論理」とは相容れない概念です。

「感性が豊か」という表現は「情動が豊か」という意味と混同されがちですが、「論理」のない状態で「情動が豊か」なだけでは、「感性が豊か」にはなりえません。

苫米地 英人(2011)『人を動かす[超]書き方トレーニング』ソフトバンククリエイティブ

「論理」と「情動」の双方を兼ね備えているものが「感性」なのです。

「感性」を発揮できる人というのは、「論理」を徹底的に突き詰めて、それを乗り越えることができた人です。

苫米地 英人(2011)『人を動かす[超]書き方トレーニング』ソフトバンククリエイティブ

このように、苫米地氏は「感性とは論理と情緒を超えたもの」と主張しています。

心理学者・三浦佳世氏「狭義の知性は、感性の一部が論理的思考に特化した場合を意味する」

次に心理学者(九州大学名誉教授)の三浦佳世氏です。三浦氏は感性認知学と知覚心理学を専門に長年「感性」について研究しています。

三浦氏は著書『感性認知: アイステーシスの心理学』で、感性は「非論理的」以外のパターンもあると示唆しています。

論理的に正しい数式は美しいことが正しいと指摘されたり、「いい音楽だと、譜面の音符の配置が絵のようにきれい」(久石、2006)といわれるように、感性評価によって、正しさが直感される場合もある。

判断や思考といった知的な働きが、感覚や知覚にも含まれていることはすでに指摘した。感性も同様である。

三浦佳世 編著 (2016)『感性認知: アイステーシスの心理学』北大路書房

このように、「感性評価」に「論理」が関わることを指摘しています。この点は、先ほどの苫米地氏も同様のことを述べています。

楽譜というのは「論理」の世界です。
中略
つまり、「感性豊かな演奏家」であっても、調性は維持され、楽譜の論理からは逸脱していないということです。

苫米地 英人(2011)『人を動かす[超]書き方トレーニング』ソフトバンククリエイティブ

続いて三浦氏は、「知性は感性の一部が論理的思考に特化した場合のことかもしれない」と述べています。

これは逆説的に、感性には「論理」が関係するという意味になるのではないでしょうか。

三浦(2006)は、感性が進化論的に、言語や概念などの論理的思考に先立って登場し、長い時間をかけて、洗練されてきたものだとすれば、後発の言語や思考では追いつけず、それが言葉で説明できない、非論理的という印象を与えるのかもしれないと指摘している。

狭義の知性は、感性の一部が論理的思考に特化した場合を意味するにすぎないのかもしれない。

三浦佳世 編著 (2016)『感性認知: アイステーシスの心理学』北大路書房

小説家・山崎ナオコーラ氏「論理と感性は相反しない」

最後に小説家の山崎ナオコーラ氏です。小説に『論理と感性は相反しない』というタイトルをつけているほど、このテーマに思いをもっています。

山崎氏はあとがき(終わらないあとがき)にて、次のように述べています。

私は自分のことを芸術家だと思っている。アーティストだと。
知識人になんて、なるもんか。
論文書かない、小説書く。
でも、読む分には、説明文でも、なんでも読む。
どんなことだって、感じ取られる。

「論理と感性は相反しない」と、本当に、思っています。

山崎 ナオコーラ (2011)『論理と感性は相反しない』講談社

小説の内容は「感性を爆発させる彼女・神田川歩美」と「論理的な説明をする彼氏・真野川秀雄」が中心の短編集です。

論理、感性、コミュニケーションなどを考えさせられます。ストーリーも純粋におもしろいです。

感性と論理が融合した概念

ここまで、「感性と論理は矛盾するのか」という問いに対して、次の2種類の捉え方を紹介しました。

①感性は論理と対立関係の意味で使われる
②感性は論理を含んだ上位概念として使われる

たしかに、状況や文脈によって①②のどちらの意味にもなりえるでしょう。

ただ、近年使われている「感性と論理を融合しよう」という言葉や概念で考えると、同じところを目指しているように思います。

例えば以下の記事のように、ビジネスの世界で「感性と論理」の両方を活かす動きがでています。

ここからは、①②が同じ方向性を目指している点をみていきましょう。

①感性が論理と対立関係の意味で使われる場合

まず、①「感性が論理と対立関係の意味で使われる場合」です。ここでの「感性」の意味は、どちらかというと「感じること全般」を指します。

その際に「感性と論理の融合」という場合は、感性と論理を含んだ上位概念を目指すということになります。

例えば、先ほど紹介したこの記事です。

中島 さちこ 東洋経済オンライン「時代を生き抜くカギは「感性と論理」の融合だ」東洋経済新報社

他の例だと、慶応義塾大学が2014年に設立した「論理と感性のグローバル研究センター」も、感性と論理の融合を目指す研究かもしれません。

②感性が論理を含んだ上位概念として使われる場合

次に、②「感性が論理を含んだ上位概念として使われる場合」です。

この場合の「感性」の意味は、どちらかというと「感じることや論理を超えたもの」を指します。

その際に「感性と論理の融合」というと何だかおかしいですね。なぜなら、②の意味では、感性は論理を含んだ概念として捉えているからです。

そのため、「感性はもともと論理が融合されている」と捉えられます。

どちらかといえば「情動や論理を超えた先である感性を、より高めましょう」と表現したほうがよいでしょう。

目指す先は同じ!感性と論理の融合した先

ここで一度整理してみましょう。

①感性は論理と対立関係の意味で使われる
②感性は論理を含んだ上位概念として使われる

以下の表はその比較です。

①感性は論理と対立する概念②感性は論理を含んだ上位概念
上位概念???感性
論理・考えること論理論理
情動・感じること感性情動

①の意味では、「感性と論理が融合した先」として名前があるわけではありません。「感性と論理が融合した何か」といえばいいでしょうか。

②の意味では「情動と論理が融合した先を感性」として捉えています。

そのため、①②では言葉の意味は違いますが、目指す先は同じではないでしょうか。

論理や知識をおろそかにしていいわけではない

感性が大事。これはたしかに一理あります。

でも、以下のような考え方は危険だと思います。

・感性を磨けば「論理や知識」をおろそかにしていい
・感性さえ高めていけば、論理や知識は二の次でいい

なぜなら、以下を目指すとするならば、論理や知識がないと片手落ちになってしまうからです。

「感性と論理の融合」
「情動と論理が融合した先の感性を高める」

例えば、苫米地英人氏は

「感性」を発揮するには(=「論理」を突き詰めるには)圧倒的な知識の量も必要です。

自分が「感性」を発揮しようとする分野(書こうとする分野)の知識を徹底的に知り尽くし、そこから感性が生まれます。

苫米地 英人(2011)『人を動かす[超]書き方トレーニング』ソフトバンククリエイティブ

と語っています。

他にも、水野学・山口周著『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』では、知識の重要性が述べられています。「世界観は知識からはじまる」という章から引用します。

山口 映画をどれくらい観ているか、どれだけ街を歩いているか、本をどれだけ読んで、どれだけアートに触れているか。それで知識の引き出しが増えていく。

山口 周, 水野 学 (2020)『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』朝日新聞出版

水野 どのくらいのインプットでどのぐらいの質と量のアウトプットが出せるかの確証はありません。

でも、たくさんのデザイナー、クリエイターを見てきて、豊富な知識と幅広い経験がある人ほどいいアイデアを生むことができるという確信はもっています。

山口 周, 水野 学 (2020)『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』朝日新聞出版

このように

「感性と論理の融合」
「情動と論理が融合した先の感性を高める」

を目指すのであれば、論理や知識をおろそかにしていいわけではないのです。

感性や論理の先へ

「感性は論理と矛盾するのか」に対する私の回答はこうです。

【感性は論理と矛盾するし、矛盾しない】

①感性は論理と対立関係の意味で使われるとき⇒矛盾する


②感性は論理を含んだ上位概念として使われるとき⇒矛盾しない

「感性」という言葉は、文脈や状況によって、①②のどちらの意味で使われるかが変わります。

ただ、時代の流れとしては①②のどちらの意味で考えても、同じ方向に向かう気がします。

「感性と論理の融合」
「情動と論理が融合した先の感性を高める」

という方向性です。

それは、機能的価値に加えて、情緒的価値が重要視されつつある時代だからです。機能的な価値とは「役に立つ価値」、情緒的価値は「意味がある価値」と言い換えられます。

水野学・山口周著『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』ではこう述べられています。

山口 日本企業はずっと「役に立つという価値」で戦ってきたけれど、「役に立つという価値」は過剰になってしまい、「意味があるという価値」が希少になった。

つまり、「意味がある」こそ価値がある時代に変わったのです。

山口 周, 水野 学 (2020)『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』朝日新聞出版

このように、これからは論理や知識などの「役に立つ」以外の価値も大事になります。

しかし、だからといって、論理や知識をおろそかにしていいわけではありません。

デザインや情緒的なもののなかには、論理的な旋律やルールが隠れています。圧倒的な知識の試行錯誤から、言葉では説明できない世界観が生まれるからです。

感性という言葉や概念は、実はあいまいなものです。文脈や状況で意味や価値が変わってきます。

しかし、今後の時代に「感性」と「論理」のどちらかだけを考えて生きるのはナンセンスです。

たとえ「感性」の意味があいまいでも、自分なりに意味や定義を考えることは重要です。同時に、論理や知識にも意識を向けていくべきです。

「感性」と「論理」は矛盾するのか?

このような疑問に興味をもったあなたなら、「感性」と「論理」の両方を考え、感じて、判断できるはずです。

「感性」と「論理」の先に、どのような人生、社会を描きますか?

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参考文献

【特別対談】濱口秀司×ちきりん(1)「最も創造性が高い思考のモードは、論理と直感の間にある」DIAMOND Online

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